名前は究極のブランド: 自分がブログを実名で書く理由
名前って何? バラと呼んでいる花を、
別の名前にしても美しい香りはそのまま
シェイクスピア「ロミオとジュリエット」第二幕
「Geek なぺーじ」のあきみちさんが、ネットにおいて実名を出すことのメリット・デメリットについて興味深い記事を書いておられました。その後多くのブログでこの話題が取り上げられましたが、なかでも @maname さんの記事が本質をよくとらえているように感じました。
私はこのことを「論争」と感じていないので、応とも否とも付け加えるつもりはないのですが、「実名か・匿名か」という視点からちょっと話題を斜めにずらして、ブログを書くうえで実名・顔出しをするかという点については思うところがあります。Lifehacking.jp を始める上で一番悩んだのが、「実名にするか? ハンドル名にするか? 顔を出すか?」という点だったからです。
名前は究極のブランド、それがハンドルであっても
どうしてそれほど悩んだかというと、この判断は1度しかできず、後戻りができないからです。一度実名を出してから「これからはこのあだ名で呼んでね」というのも変ですし、逆もしかりです。
そして何よりも、どういう「名前」にこれから書く文章をぶらさげてゆくかという判断がとても重要だとわかっていたからです。
名前は究極のブランドといえます。しかしそれがブランドとして成り立つ理由は名前自体がよいからではなく、名前に関連づけられたものが評価されるからです。
ブランドもののバッグは、もともと良いバッグを作ることで名をのばしますが、有名になれば今度は名前が品質を保証する役割を果たします。ブログのブランド力をゼロから築きたいなら、ブログの記事と、屋号・著者の名前も同じ関係にする必要があると感じていました。
そこで、実名とハンドル名のメリットを考えてみると次のようになりました。
-
実名: あとで「あのハンドル名の人、私のことですよ」と説明して回る必要がなくなる。セミナーをするなどの活動をする場合に、会場予約が実名、講演者がハンドル名といった二重化を防げる。下手なことは書けないというリスクを引き受けることで注意深くなれる。なにより、ブログに対する評価を個人のプロフィールとして享受できる
-
ハンドル名: ブログ名に合った、ユーモラスな名前を作っておけば覚えてもらうのが簡単。@maname さんの記事にもあるとおり、実名がもたらす制限を切り離して自由な活動ができる
結局、考えすぎてよくわからなくなったので私は実名・顔出しを選び、その後、ふじたきりんさんに描いていただいたすてきなアバターを利用するようになりました。今のところ、この判断を後悔してはいません。
でも今にして思うと、このときの判断は「自分の書くものに対する評価を、良いものも悪いものも受け取りたい」そして「どうせやるからには『良い』といってくれる人の方がおおいものを目指したい」と思っていたような気がします。
名前に何をぶら下げるか
しかし実名を出すことで、気を遣うことを余儀なくされる局面もたくさんありました。
私はこの春、職場を変えましたが、そこで採用に尽力してくださった同僚は最初に私の名前を聞いたときに Google で検索して「情報ダイエット仕事術 」がまず出てくることに「はて?」と思っていたそうです。
先日サーバー機器会社の営業さんが訪問してくださったときにも、「mehori さんの名前をネットでみたことがあるのですが、あなたですか?」と言われてあわてたことがありました。
「これは下手なことはできないぞ」と気が引きしまる体験だったことはいうまでもありません。
こうしたとき繰り返し立ち返るのが、冒頭のシェイクスピアの文句です。いまの話題に沿って言うなら、実名であれ、ハンドル名であれ、美しい香りの記事を書くつもりなら、問題はないでしょう。(ここでは、ブログ・ブランディングについて書いていますので、匿名の告発については話題の範疇から外れます)。
しかし意図的に、あるいは意図せずして生み出す誤解、利益相反、他人への迷惑があるなら、どんな名前でもその花ははさみで切られるはずです。このリスクを過剰に恐れる必要はないと思いますが、交通安全のように常に注意を配らなくてはいけない点であることは確かです。
ブログをこれから書く人は、ぜひ実名で書くことで得られる独特の緊張感と、もぎ取ることができるメリットを享受してほしいです。しかし同時に、気をつけないと名前そのものが傷つくおそれもあるから注意してね! と付け加えなくてはいけません。
でもこうした判断の難しい点は、今は良くても、数十年後にどう感じるかはわからないという点ですね。還暦を迎えるころに、このブログが記憶から消したい黒歴史になっていたなんてことがありませんように!