「今の若者は...」という言葉に思うこと

tree_in_snow.jpg ホントに若者は物を知らないのか? | Lifehacker [日本版]

一度はお年寄りから聞いたことがあるのではないでしょうか? 「昔はもっと雪が深くて、もっと白かった」「昔は、もっと寒かった」。あるいは「昔はもっと人は温厚だった」「もっと世の中は良い場所だった」といった話題でもよいでしょう。

Lifehacker [日本語版] の記事が「最近の若者は本当にものを知らないのか?」という話題に触れており、「世代間にも知識や意識の格差がある」「単に若者をもの知らずと指弾するよりも、世代間の違いを把握することが大事」という結論に達していました。

この記事を読んで思い出したのが、この「雪は昔の方が深かったのか?」という話題です。ちょっと回りくどい話になりますが、興味深い話だと思うので時間のある人はおつきあいください。

雪は昔の方が深かった?

最近の地球温暖化の傾向もあって、雪は全般的に減っていると思われがちですが、実はなかなかそう簡単には論じられません。気象庁のこちらのグラフをみてください。

たしかに 1990 年代は長い暖冬傾向が続いていたこともあって雪が少なめでしたし、今も東日本の積雪は少なめなのですが、それより以前は50年代から80年代にかけて増加傾向だったのです。

ある年配の研究者と話していたときに「昔は雪がもっと深かった気がする」とおっしゃったあとで、その方は続けて「さらに昔はもっと雪が多かったと、私の先生は言ったものだよ」と教えてくれましたが、あきらかにデータは逆のことを教えてくれています(ただし、記事末の注も参照のこと)。

これは、どういうことなのでしょうか?

ちゃんとした調査をしたわけではありませんし、本当にインタビュー形式で研究してみれば面白い人文学的なテーマになると思うのですが、これは多分、「子供の頃の印象」が強すぎたために生じたものではないかと私は思っています。つまり:

  • 子供の、まだ身長が低い頃に、ドカッと常ならぬ雪が降った日があったとします。

  • 目線が低いせいもあるし、雪に対する新鮮さを失っていないので、とてもたくさんの雪が降った気になってしまう

  • 時が経ち、身長が伸びるにつれて、雪に対する新鮮味が失われてゆくので、相対的に子供の頃の記憶が「たくさんの雪」だったと思ってしまう

という流れです。雪が実際に激減した 90 年代に子供時代を過ごしていなかった人でも「昔の方が雪が深かった」という印象をもっているのは、世界が変わった訳ではなくて、自分が変わっただけなのではないでしょうか?

客観的に測れる雪の深さでもこの通りです。主観的な「若者のがんばり」だとか「ものを知っている知っていない」といった評価はどんなにあやふやなことになるかしれたものではありません。

太陽の下に新しいものなし

回りくどい話にオチをつけると、同じことは仕事でも言えそうだと思うのです。例えば 30 年前に、当時の才気あふれる若者が全力でとりくまなくてはいけない仕事 a があったとします。

実際、その人はそれに全力で取り組んで、心血を注いで成功を勝ち取ったのでしょう。問題はそのあとです。

時間が経ち、経験が身に付き、時代が移り変わるにつれて、当時の仕事 a はもはや今の時代の仕事 b と比較しにくくなってきます。30 年後に、今の 30 歳の人に「当時はワープロもないのにこんなことを手でやったんだぞ」と言われても、今の仕事とは公平に比較できるはずはありません。30 年前は確かにワープロはなかったかもしれませんが、そのかわり1週間で数十ページの組版された報告書を要求されることもなかったからです。

楽天的すぎると言われるかもしれませんが、私は多分、それぞれの世代がそれぞれの持つ最高のツールで、最大限努力していたのではないかなと思っています。世代間でみると、「今」と「昔」を正確に比較する「雪の深さ」がないために、それを測ることはできなくなっていますが。

気をつけたいのは、30 年でなくても、たった数年でもこうした「視点のずれ」が生まれてしまうという点です。自分も10歳程度しか歳の離れていない後輩相手に「最近の若い人は…」と言いたくなったり、実際に口にしていることもあって反省しています。

本当は比較のしようがないのだから、一日の長のある「自分の時代・立場」からアドバイスできる「最善手」を言ってみて、彼らがそれを**「彼らの時代・立場」で打てる最善手に変換してくれることを期待する**だけで十分なのかもしれません。

そして逆に、自分よりも若いけれども素晴らしい才能をもっている人には、道を譲る勇気と余裕があればいいなと思うわけです。

昔父親に反発していた頃、「今の時代は父の時代よりもずっとこんなことが便利になった」と対抗心を燃やして口にしたときに、父が旧約聖書のコヘレトの言葉(1章9節)を引用して「太陽の下に、新しい物は何もない」のだよと教えてくれたことがあります。

当時はその意味がわからず、ただ不満に思ったものですが、今はその意味がなんとなくわかってきました。

昔の世代とは、仕事の進め方や、使っている道具や、考え方も違うかもしれませんし、陰では「今の若者は…」と言われているかもしれません。でも実際は、みんながそれぞれに与えられた時間と才能を全力で使い、同じものを求めているのだな、と思えるようになったのです。

(注)

リンクしてある気象庁のグラフをみて、「なんだ、温暖化はないのか?」と思った人がいるかもしれませんが、ことはそう単純ではありません。「気温」と「積雪量」は必ずしも比例しないからです。

ちなみに地球全体でみると、積雪面積や、量は確実に減っていますし、温暖化の傾向は顕著です。日本という小さな島国だけで作ったこのグラフをもって「温暖化は嘘だ」というのは早計ですので、ご注意を。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。