あなたは「メールを書く人」なのか、それともクリエイターなのか
Making Time to Make: Bad Correspondence | 43Folders
クリエイティブな時間は加算的ではありません。10分の隙間時間を集めたからといって、邪魔が入ってこない絶好調の朝の数時間には及ぶべくもありませんし、だからといって10時間連続で原稿を書こうと言っても、無理な話です。集中力がもつはずがありません。
43Folders で3回シリーズの記事が掲載されていて、こうした時間についての考察を展開しています。第一回の今日はポストサイバーパンクの騎手で、クリプトノミコン や、スノウ・クラッシュ などの作品で知られているニール・ステファンソンの記事 Why I am a Bad Correspondent を紹介しています。
ニールはこの記事の中で小説を書くにあたって、午前に2時間、午後に2時間という数字は見た目は4時間かもしれないけれども、まとまった邪魔のない4時間でなければ仕事ができないということを書いています。また同様に、毎日4時間の執筆時間を連続して数日充てることができれば、おおきな進展がみられるけれども、同じだけの時間がとぎれとぎれで数週間にわたって広がっていてもまったく意味がないそうです。
そして読者からのメールにたびたび返事をせずに放置していることに言及して、次のようにまとめています:
I am not proud of the fact that some of my e-mail goes unanswered as a result. It is never my intention to be rude or to give well-meaning readers the cold shoulder. (中略) I am faced with a stark choice between being a bad correspondent and being a good novelist. I am trying to be a good novelist, and hoping that people will forgive me for being a bad correspondent.
私は結果として自分宛のメールに返事をしないことを誇りに思っているわけではない。悪気のない読者に冷淡に接するのは決して私の意図ではないのだ。(中略)私は人付き合いの悪い人間となるか、よい小説家になるかの選択をせまられているのだ。そして私は、よい小説家であらんと努力し、人付き合いの悪さについては読者が許してくれることを願っている。
私は、小説家ではなくても、ナレッジ・ワーカーの仕事はどこか似たような「クリエイティブ」さを要求される面があるといつも思っています。
というのは、日々迫ってくるさまざまな局面に対して、どのように頭を使って切り抜けてゆくかというスキルが求められる点では一緒だからです。小説家は主人公の切り抜け方を考える。でもナレッジワーカーは、自分が主人公なのです。
4時間の連続時間がなければ仕事ができないというのは行き過ぎであっても、連続した X 分がなければできないこと、というのは意識するに値すると思います。また、これ以上時間をかけても無意味、というタイムリミットもしかりです。
私にとっては、研究の一つの図を作るだけで、最低でも午前中のすべてがかかります。「集中力を高め」→「とるべきアクションに集中し」→「行動をとり始め」→「行動が本格化してフィードバックがかかりはじめる」というプロセスに最低必要な時間がそのくらいになるのです。
これがどこかで切れてしまうと、その日の午前は消化不良で終わってしまいます。プログラムを作成する、原稿を書く、などの固有の仕事にも、それぞれ別のタイムスケールがあるということが経験からわかっています。でもだからといって、未練がましく午後までひきずっても、不思議と効果は上がらないのです。
あえて極端な簡単化をしてみると、自分に対する質問は次の二つになるわけです。
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あなたが「クリエイター」「プログラマー」「デザイナー」「ナレッジ・ワーカー」に変身できるまでの最低時間・最長時間はどのくらいですか?
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その変身時間を確保できていますか? あるいは変身前に電話やメールに割り込まれ、「メールを書く人」「受話器を持つ人」へと逆戻りしていませんか? 変身に失敗したまま変身のポーズばかりとり続けていませんか?
それにしても、変身に失敗したままポーズをとっているというのは、なんだかかわいそう…。
こうした「集中力」や「パワーを発揮するまでの時間」といったテーマはこれから何度かにわけて書いてみたいと思います。