卒論執筆を加速させるツールとしての Evernote

渡部昇一さんの知的生活の方法 (講談社現代新書 436) に忘れがたいエピソードがあります。著者がドイツで研究をしていた折、指導してくださっていた先生からカード方式で情報をまとめて、思考を整理することをすすめられたというくだりです。

そのようなとき、また先生のお宅に夕食に招かれた。夕食前には論文の進み具合についての訊問があったが、私がまだもたもたしていることに気づかれた先生は、「一つ君に提案しようか」(Darf ich lhnen einen Vorschlag machen?) といわれて、カード方式をすすめられたのである。このときの Vorschlag (提案)という単語の発音が今でも印象深い。

いまでも、断片化して収拾がつかない思考をカード方式でまとめることには意義があります。PoIC などはこの冠たる例ですし、私もいまも引き出しに数千枚のカードを常備しています(買いすぎ…)。

でも「カードは面倒」「いまはウェブで資料集めしてるし」という現代の卒論・修論だったら、Evernote で情報カードに近い使い方ができそうです。

網羅的ではないですが、思いつくままにまとめてみました。

簡易論文データベースとしての Evernote

Endnote が使えればいいのですが、けっこう高いですし、Yojimbo で以前やってみたところ、PDF の数が多くなったらとたんに重くなってしまって使いにくい状態になってしまいました。

まだ Evernote をとことんいじめてはいないのですが、とりあえず論文 PDF をデスクトップの Evenote に 200 近く入れてみたところ、まだまだ軽快に動作しています。1ファイルあたり 25MB の制限はあるものの、そんな論文は滅多にありません。

論文を Evernote に入れて管理するといろいろとメリットがあります。

  • タグで分類:キーワードをいれてタグで論文をゆるく分類できます。例えばタグには、「温暖化・大西洋・低気圧」といった学術用語をいれてもいいですし、「重要・これはちがう・なんだこれ」といった自分の反応を加えてもいいのです。あとで「温暖化に関する、なんだこれ? と思った論文があったよな」と複数キーワードで絞り込みをかけられます。

  • 検索:タグで狭めた上で検索をかけたり、図表の中のキャプションにまでちゃんと検索がかかりますので便利です。専門用語で検索をかければ、関連する論文が一瞬で見つけられます。

  • 管理:論文を Evernote に入れた順に、時系列で管理しますので、「たしか数週間前にみつけたあの論文」というように、人間の記憶に根ざした管理が可能です。これが実は、テーマや概念で分類するよりもずっと覚えていますし、高速に目当ての論文が見つかります。

PDF を添付したメモに、さらに文章を加えることもできますので、論文本体と、それに対する感想、疑問点を一つのノートで管理できます。

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注意ですが、論文は容量が大きいですので、ノートブックをシンクロさせないように設定しておかないとあっというまにアップロード制限を上回ってしまいます。論文のはローカルノートにしておくのが無難です。

アイディアをメモする環境としての Evernote

Evernote はメモをするためのツールですから、卒論・修論のアイディアなどをどんどんと投げ込んで、ウェブ上でシンクロさせるのにも最適です。

iPhone で Evernote のメモが便利だという話は前にしましたが、べつに iPhone をもっていなくても、Evernote のアカウントがあれば携帯電話からメモを送りつけるための専用メールアドレスが与えられますので、「このアイディアをあとで実行に移そう」「この資料をさがさなきゃ」といった思いつきを携帯から Evernote に飛ばせます。

論文のノートとは別に、「問題点のノート」「アイディアのノート」「現在進行中の作業のノート」といった具合に、いくつかのノートに書き付けを残しておくと、作業が頭のなかから Evernote の上に移し替えられるので、もやもやとしたストレスが減ります。

私の場合、アイディアだけでなく、作った図表、あとで再利用するつもりのプログラムの断片なども蓄積していて、どこからでも呼び出せるようになっています。

執筆準備環境としての Evernote

Evernote はあくまでメモをとるためのソフトですので、体系だった文章を保存しておくのは苦手です。1章のしたに1節、2節といった構造化したメモは作れないのです。

ただし、メモを名前順に並べることは可能ですので、メモの名前を工夫すれば、整列させたときに「1-1 はじめに」「1-2 データの詳細」といった具合に内容の順番にメモが整列するようにすることも可能と言えば可能です。

しかしここはむしろ、「図に対してキャプションを書いておく」「参考文献表を作りかけておく」などのように、原稿の断片を置いておく場所とした方がよさそうです。

「論文をかこう」と思っていると、なかなか書き始めることはできないものです。むしろ、わかっているところから所かまわず書いてゆき、あとで接続部分をなんとかしてゆくほうが、時間は手早く済みます。

おわりに

以上、当たり前と言えば当たり前のことを並べてみましたが、Evernote 一つにこれだけのことをまとめて一つの作業環境にできるというヒントになれば幸いです。

ほとんどの人は、まとまった分量の資料や原稿と格闘するのは卒論が始めてでしょう。多くの人は方針発表の段階で「もっと勉強してから取り組みたい」という抱負を語ったりするのですが、「もっと勉強」よりも、すでにある情報を並べてから、足りない情報を探しに行く、自分の考えを実行に移してみる、という「整理・収集・行動」の車輪がまわっていた方が進行は早くなります。「勉強してから行動」では、たいてい間に合わなくて消化不良になってしまいます。

こうした資料整理のテクニックや、まとまりそうにない無数の参考資料と自分のアイディアとの端点をつないでゆく作業は、社会でも非常にやくにたつものです。

ぜひこの協力なツールを味方につけて目標にむけてがんばってみてください。

それにしても、今年の卒論の学生は Evernote がツールに加わっていていいなあ!

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。