さあ、プロになれ。「やりとげる力」スティーブン・プレスフィールド(筑摩書房)
ずっと、この本が出るのを待っていました。そしてあなたも、この本を待っていたのかもしれません。
ダイエットをあきらめた人、ランニングを途中でやめた人、いつか大きな仕事をしてやろうと考えている人、いつか名作を書いてやろうと考えているけれども今日は原稿用紙に向かっていない作家志望、絵筆を握っていない画家、ギターを見るのも気鬱なミュージシャン、そもそも自分は何をしたいのか忘れてしまった人。
あなたがどんなことであれ、「いつかはやりたい」と考えていることから気がそれた経験がある人や、どのように始めればいいのか解らずに苦しんでいるのなら、この本はあなたのために書かれた本です。
スティーブン・プレスフィールドの「やりとげる力」、原題 The War of Art は、そうした、自分の夢から自分を引き離してしまう心の弱さ(彼はそれを著書の中で「レジスタンス」と名付けていますが)を意識し、それを手なずける方法を明快に書いた本です。
もともと私がこの本について聞いたのは、43Folders の Merlin が Johnathan Coulton とのインタビューの中で言及していたときのことでした。そのインタビューで二人は「趣味であっても、プロのように続けること」、「趣味であってもプロのように見せること」の重要性について熱く語っていて、そこでこの本が引用されていたわけです。そしてずっとこの本のことが気になっていたわけなのですが、ついに日本語訳が筑摩書房から出版されました。
**The War of Art の第一部は「敵を知る」**と題されていて、私たちがなにかを始めようとする時に心の中に生じる抵抗「レジスタンス」の現れ方、それが私たちからチャンスを奪い、気力を奪う常套手段について書いています。
この第一部を読むと、どうして私たちが何かをやり遂げずに放棄してしまうのか、あるいは人生の夢から全力で逃げ出すような行動ばかりをしてしまうのかについて、数多くの実例とともに書いています。
こうした負の力を意識して克服している人として、**第二部「プロになる」ではプロとは何かについて筆が進められます。著者はプロフェッショナルのことを、「お金をかせぐ」「ある専門性を身につけている」という意味でのプロではなく、「愛する仕事に全力を投じ」て「自分自身をプロとして見ている」、多少の曖昧さを残して言えば「プロであることを引き受けている人間」**として描き出しています。
第二部では「プロとは〜」という文章が次々と続いて、非常に高いハードルが提示されるのですが、それらは第一部で紹介された、自分を引き止めている「レジスタンス」を意識しているならば越えられる、あるいは越えるための力が身に付きつつあるように描かれています。
**第三部「さらなる高みへ」**は、クリエイティブな仕事を通して未知の領域へと踏み出す時の心構えが述べられています。ホメロスがその叙事詩の冒頭で詩の女神にインスピレーションを請い求めるように、どのようにして霊感を味方につけることが出来るのか、その心構えが書かれています。
正直なところ、この第三部はどこか新興宗教めいていて、読んでいてピンとこないという人も多いかと思います。著者が作家・脚本家であり、ビジネス的な思考よりは、むしろインスピレーションに依存した舞台で活躍している人だということを念頭に読んでみてください。
この本で説明されていることは多少抽象的で、普通のいわゆるビジネス書に比べたら「読み込み」を要求される本です。「レジスタンス」と表現されている私たちの感情の反作用についても、ちゃんと自己診断をして、自分自身を鋭く批評することが要求されます。
しかし読者に課せられた自己批判・自己分析は大きな成果をもたらしてくれます。自分自身が夢や目標から気がそれるときや、無気力になってしまうときに、どんなことが心に中に起こっているのかについてより深い理解が得られ、またそれと戦う武器も心の中に蓄えることができるはずです。
自分の心の中にある最大の敵に対する理解こそが「やりとげる力」を生み出す源となる。それが、本書のテーマであり、読むことをお勧めしたい最大の理由です。