PDA は iPhone の夢をみるか

iphone.jpg

ここ数日の iPhone 狂想曲にはどうも辟易ですが、iPhone 自体はとてもほしいです。いえ、iPhone そのものというよりも、iPhone が目指しているモバイル端末の未来がほしいというのが本音です。

しばらく前まで、私はソニーの Palm デバイス、Clie を複数使っていました。モニター部分をフリップして閉じると iPhone にそっくりという理由だけで最近 PEG-NX70v (黒)を復活させて、いまは削除された某ランチャーをいれて使ったりしています。でも、正直な話、使う意味はほとんどなくなってしまいました。

昔は、パソコンの中の情報をもちだせるというだけですごかったので PDA に夢中になっていました。でもこの数年でパソコンの用途そのものがアプリケーションを動かすためのプラットホームから、インターネットを利用するための端末という意味合いに変わったことで、PDA の魅力を作っていた機能の意味は大きく減退してしまったのではないでしょうか。

PDA の衰退とともに携帯電話がそれにとってかわったわけですが、それだって Flickr, YouTube, MySpace, Facebook, Twitter, Jaiku と、ますます豊かになっていくソーシャルネットワークを取り込むことにはほとんど出来ていないのが現状です(Mixi は例外でしょうか)。それは携帯電話の機能的な制限に由来しています。

そんなわけで 「iPhone の上でサードパーティのアプリは Web アプリしか作れない」という発表があったときに、多くの人はこれをデメリットだと受け止めましたが、この発表を「今までの携帯電話の機能的な制限は存在しないんだよ」と読み替えれば、大きなメリットであることが見えてきます

こんなことをつらつらと考えているうちに、iPhone、いや iPhone 以降に続く未来の携帯端末がほしいと真剣に思うようになりました。特に、

  • コンタクト、画像、動画、メールの全てを何も考えずにシンクロできる環境がほしい。特にコンタクトをアドレスブックと携帯データの編集ソフトの両方で維持しないといけないなんてのはナンセンスです。また、相手のコンタクト情報の変更がプライバシーを尊重する形で知人に自動的に波及してゆくシステムがあってもいいと思います。

  • PDA の良さはデータを持ち出せる点にありました。iPhone の良さはそれに加えてネットのデータを取得できる点にあります。情報のベクトルが逆になっているわけです。町中にいて、この近くで二次会で使える店はないかと思ったときに、すぐに調べられてほしい。しかもそれを携帯会社の提供する有料サービスではなく、無料のインターネットサイトをそのまま使えるようにしてほしいものです。

  • iPhone のキラーアプリは、通話・メール・チャット・インターネット。つまりは他人とつながるための機能です。これまでの PDA はこれらを全て満足に提供することはできずにいました。また、同じ携帯電話同士でないと使えない無意味なチャット機能などがあまりに多かった気がします。これから発表される全ての携帯電話が Web2.0 的なウェブに対応していれば、携帯の機能にとらわれることなく、キャリアーにとらわれることなく、全ての人がつながれます。ぜひ、そんな未来がほしいです。

こんな妄想を抱いてしまいました。とはいえ、多くの人が考えていることではないでしょうか。

もちろん、すべての技術同様デメリットはあります。今でさえインターネット中毒だというのに、これ以上インターネットが追っかけてくるようなら、いったいいくら時間があっても足りない気がしますし、またリッチなメールをどこでも受け取れるとなると、どこまでも雑用が追ってきそうで怖いものを感じます。

PDA は iPhone の夢をみるかって? 見ないでしょう。もはや現実になりつつある夢は、夢とはいいませんから。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。