一流の研究者の集中力(2)超シングルタスクのすすめ

orchestra.jpg 一流の研究者とルームメイトになって二週間、私の仕事の能率はなんと通常の2倍に上がりました。

いえ、仕事を倍こなす秘密を教えてもらったわけではありません。この先生、ものすごくおしゃべりが好きなので、一日の半分は議論の相手をしているのです。朝やってくるとまず2時間ほどの議論。昼くらいにもう1時間。夕方にもう1時間で、私の仕事時間はざっくりと半分になってしまっています。でもまあ、やればなんとかなるもので、いつもと同じ仕事量を半分の時間でなんとかやっつけています。ものすごく疲れていますけど….

そんなある日の会話。

先生:「それでね、一口に地球温暖化といっても Signal to Noise ratio の問題がありましてな…」 私: 「自然変動とどちらが大きいかって話ですよね」 先生:「Or course. And you see…. (以下英語がだーっと) ……Right?」 私: 「!!!….Y, Yes, I agree」(とっさに英語に切り替え)

(さらに5分間英語で会話)

先生:「まあ、それはさておき….」 私: (ええっ、日本語に戻るの!?) どうも途中で会話を英語に切り替えたことに全然気づいていないご様子でした。アメリカが長いとはいえこの方はれっきとした日本人です。あまりにしゃべることに集中しすぎているというのか、ただの変な人なのか判然としない領域に入り始めています。やっぱりすごい。一流だこの人。

2週間研究室をともにして見えてきた、この超一流の研究者の仕事のクセについてご紹介。

超シングルタスク

私はいままでにこれほどのシングルタスクの人を見たことがありません。

**いつ何時でも、脳全体が何か一つのことにしか向いていないのです。**お年のせいもあるかもしれませんが、たとえば昼食のときにも考えを口に出すのに夢中でいつまでたっても一口も食べていない。こちらが気を利かして割り込んで話し始めると、そういえば昼食だったという面持ちで食べ始めたりしておられます。

仕事をするときも、常に一つのことしかしていない様子が伝わってきます。たとえば午前にこれをやって、午後はこれをやろうという発想はなく、「今日はこれをしているのです」と、常に一つのことしか頭にありません。席を立たず、話しかけてもなかなか気づかず、1時間ほど息をつめてパソコンに向かっているかと思うと、深くため息をついてときおり休んでいる様子です。

しかし無戦略に何かに夢中になっているわけではないらしく、会話をしているとよく “End to End Plan” を考えなさいという言葉が出てきます。End to End というのは、最初から最後までの見通しのことで、「いま自分は何をしているのか」というしっかりとしたビジョンがあって、それがあってはじめてシングルタスクの夢中の仕事ぶりが効果をもつようです。

このビジョンが間違っていることも多いと本人も認めていますが、はじめから水ももらさないような計画をたてるのではなく、問題をとらえるために必要最低限の網をしかけて、しだいにすぼめるように仕事をしていけばいいのだそうです。本人は口にしませんが、きっとその網の精度は若い頃は悪かったものが、常に前線で戦い続けているうちに年々磨かれていったのだと思います。

論文の書き方について話題を振ると、事情を察してくれたのかこんな話をしてくださいました。

「mehori さん、一つの論文には一つのテーマしかいれてはいけませんよ。いきなりベートーベンの 9th Symphony みたいなものを書き始めては、あっちはどうだったっけ、こっちはどうだったっけと、頭がめちゃくちゃになるだけです。自分でことをえらくして難行苦行して、それが頭がいいことだと勘違いをしてはいけない」

私が助言に感謝して机に向き直り、数分がたつと、うしろから小さなつぶやきが聞こえてきました。

「もっとも、あのすごいシンフォニーもテーマは一つでしたな….」

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。