「知的生活の設計」Strategy 03:知的生活は、なんの役に立つのか?

発売に先駆けて、「知的生活の設計」の第一章を公開している記事の第三回目になります。一連の記事はこちらからどうぞ。

 

知的生活は、なんの役に立つのか?

ここまでの説明を読んで「そんなつながりが見えたからといって、マニアやオタクが喜ぶだけでは?」「知的生活には、どんなメリットがあるの?」という疑問が浮かんだかもしれません。

なるほど知的生活は人生を豊かにするのには役立ちそうに見えるものの、それに注目したからといってビジネスマンとしての能力アップに役立つのか、学生にとって就職に役立つのか、収入が増えたり、名誉につながったりといった、目に見えるメリットがあるのかは気になるところかもしれません。

あるいはこうしたことを書くと逆に「メリットを考えるなど、とんでもない」「知的生活はそれ自体として尊いものであって、なにかに役立つと考えるのは良くないことだ」という反論をいただく可能性もあるでしょう。

これについては互いに絡まった二つの答えがあるように思われます。

 

知的生活にはメリットがある

昨今、ビジネス書には「教養」をテーマとしたものが数多くあります。網羅的に教養を身につけるための書籍もあれば、西洋美術に絞ったもの、哲学に絞ったものなど様々です。

そうした書籍がすぐに深い教養や実社会の利益につながるかは断定できませんが、知識を身につけ、思考力を養い、自分の中で情報を咀嚼して他人に伝えることができる能力にはもちろん高い価値があります。まずは学び、そして深めてゆくためのきっかけを生み出すためにも、こうした本には意味はあるといえます。

また、欧米の実業家やビジネスリーダーには忙しいなかでも膨大な本を読んでいる人が数多くいます。その傾向があまりに強いために「読書量と年収は比例する」などとまことしやかに主張する人もいるほどです。そうした意味では、知的生活にはわかりやすいメリットがあるようにみえます。

しかしここには落とし穴があります。情報や知識それ自体は多ければ多いほど良いものと思われがちですが、情報それ自体はすでに検索可能なコモディティ(同質的、普遍的なもの)と化しているため、情報量そのものよりも、むしろ、適切な場面で適切な情報を引き出すことができる「情報の編集能力」にこそ価値がある̶という点です。ここに、知的生活による積み上げを実践する意味、そしてメリットがあるといえます。

情報の編集能力とは、日常的な場面ならば、その場に合わせた話題を思いつくということであったり、与えられた仕事のなかでクリエイティビティを発揮するための発想力であったりします。そして究極的には、あなたにしかできない情報のまとめ方があるということを意味しています。

マイクロソフト創業者でビル&メリンダ・ゲイツ財団会長のビル・ゲイツ氏は毎年夏の読書リストを公開することで知られていますが、2018年にはハンス・ロスリング氏の統計的な世界の見方についての書籍『Factfulness』や、ウォルター・アイザックソンの『レオナルド・ダ・ヴィンチ』といった教養書を挙げるとともに、ジョージ・ソーンダーズの『リンカーンとさまよえる霊魂たち』を挙げるといったように、情報の深みと感情の深みを兼ね備えた選書を行っています。

似たような夏の選書は元アメリカ大統領のバラク・オバマ氏も行っており、彼はタラ・ウェストオーバーの『Educated』や、V.S.ナイポールの『ビスワス氏の家』を選んでいます。

面白いのは、両者の選書はベストセラーや話題書に触れつつも、どこかに二人の個性がにじみ出ているところです。ビル・ゲイツ氏の選書にはテクノロジーに関連するものと彼の慈善事業に関連したものがみられますし、バラク・オバマ氏の選書にはアメリカの運命を予感させる本や、人種や文化の多様性について考えさせる本が必ず選ばれています。選書自体が、彼らの個性になっているのです。

 

「他人と同じものを読んでいれば他人と同じ考え方しかできなくなる」と村上春樹が『ノルウェイの森』で書いたように、私たちの知的生活においても、触れる情報を私たちの個性によって編集して、他人と違うものを追うほうが、より利用しやすく、大きなメリットがあるといえます。

そして知的生活の積み上げを行うことは、そうした個性につながる近道でもあります。そういう意味で、知的生活にはメリットがあるのです。

 

知的生活にはわかりやすいメリットはない

しかしこの近道は、遠回りでもあります。知的な積み上げの多くは本や、音楽や、動画といった情報との偶然の出会いから生まれますし、私の「王は死んだ!」の慣用句の探求がそうであったように、自己満足の部分も多く存在します。

この本を読めば、この情報を集めれば、こうしたことを実践すればメリットがあると断言できるようなものは、およそありきたりなものが多いですし、それこそ継続して実践するのが楽しくない「作業」の性格が強くなります。これでは、楽しい知的生活にはつながりません。

ですので、私がおすすめしたいのは、初めからわかりやすいメリットや教養を追い求めて知的生活の積み上げを始めるよりも、むしろ知らずにはいられない趣味や雑学、興味を引くテーマといったものに集中することで、長い目でみて着実に価値を生み出してゆくことです。

これは近道どころか、確実に遠回りです。しかし遠回りでないような知識や経験はたいてい誰かがすでに思いついていますし、そうしたものはあなたの個性として輝きません。逆に遠回りをして、あなたのなかにしか存在しない長い時間の積み上げのなかにこそ、複製不可能な価値が生まれます。

知的生活にわかりやすいメリットはなく、だからこそ良いともいえます。遠回りが最も近道になる生き方ともいえるのです。

そこで本書で追究する「知的積み上げ」は長期間にわたって楽しいからこそ、気になって仕方がないからこそ続けられるものに限定して解説を行います。

そうした積み上げが、結果的に注目や、収入といった形でメリットをもたらすこともあります。オリジナリティのある地道な積み上げはほかの人が放っておかないからです。しかしすべての積み上げに、こうしたわかりやすいメリットがあるとは限りません。

 

人生を一つの物語に

60年にわたって書いた日記を公開したことで有名な著作家アナイス・ニンはこのような言葉を残しています。「すべての人に共通した森羅万象の意味なんてない。私たちは自分たちの人生に個別の意味を、個別のあらすじを与えるのだ。一人に一つの小説、一つの本であるかのように」

本書でこれから「知的生活の積み上げ」という言葉が登場するたびに、それは誰かが褒めてくれるから学ぶものでも、わかりやすい収益があるから追究するものでもなく、あなたがあなた自身であり、ほかの誰でもないことを思い出させる情報との触れあいだということを意識してみてください。

すぐにはそこには到達できないかもしれません。しかし長い目でみて、それを探す以上の近道はないのです。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。