ライフハックと仕事術で本当に「仕事」ができますか?

だれもが気づいていると思うのですが、「仕事術」を必死で実践してもなかなか人生が変わった感じはしません。あるいはひょっとして、「仕事術」に騙されているということはないでしょうか?

Freelance Switch に連載されていて毎週楽しみにしている Freelance Freedom が、今週まさにこの点を突いていて個人的にお気に入りです。

Gtd

「おい、生産性の高いフリーランスのやつだよ!」

「きみがこれほど仕事ができる秘密はなんだい? どのモデルのiPadをもっているの?」

「時間管理システムは何を使っている?」

「GTDを実践している?」

「Inbox Zeroはどうだい?」

「どのソフトをつかっているの?」

「Quicksilver と LaunchBar のどちらがいいと思う?」 痛恨のオチがこれに続きます。オチを読んだら、ぜひもどってきてください。重要なことです。

Just do it

もしこの漫画で描かれているように、「ちょうどいいペンがみつからないから手帳に書き込めない」「ちょうどいい時間管理ソフトがないから仕事がはかどらない」という罠に陥っているとするなら要注意です。

私もこうした罠にはまることが日常的にあります。「The Hit ListのiPad版が出ればいいのになあ」「なんで Flow のiPhone 版のリリース遅れているのだろう」といったつまらない場所のまわりをうろうろとして、本当にしなければいけないことから目をそむけることは、だれだって少なからず経験することだと思います。ええ、43Folders の Merlin Mann も例外ではありません

しかしちょっとの寄り道はいいとして、すでに毎日が「仕事術でいつか仕事ができるようになるはず」「ライフハックでいつか自分は◯◯になれるはず」「GTDを完璧にできればきっと楽になる」「時間管理アプリをしっかり使えれば」「iPhone / iPad / Android が使いこなせれば」という繰り返しなら、仕事術もライフハックもGTDもiPhoneの使いこなしも一旦全てかなぐり捨ててしまうほうがメリットが大きいと思います。

それは大いなる時間の無駄ですし、本当の問題から目を逸らすための認知的不協和の間違った解消方法に他ならないからです。

仕事術やライフハックのつもりで実践していることが、その実**「仕事をしたくない」という気持ちを「もっと上手にできるなら、もっと成功が約束されるならするのになあ」という形にすり替えたうえで、その矛盾した動機(仕事をしたくないのにしたい)を解消するための繰り言になっている**わけです。

この悪癖のなんと甘味なことか。そしてこの悪癖が続くすることを前提として成り立つビジネスのなんと多いことか(私も仕事術の本を書いているのですから同罪と言えなくありませんが)。

つい昨日の記事で、Find the meaning of my Life の @kazumoto さんも同様のことを書かれています。

人生の残り時間を考えた時、「クオリティ・オブ・ライフ」という視点で全体を考えた時、枝葉のテクニックを使って遊んでいる時間はありませんし、枝葉のテクニックで人生が変わるとも、どうしても思えません。続々とビジネス書が刊行され、次々と新しいツールやサービスも登場していますが、その実、過去の名著の一部分だけを切り取っただけのものや、目新しい言葉で釣っているだけのもの、ラクになるどころか逆に確認箇所を増やしているだけのサービスも多いのではないかと感じます。

身も蓋もない言い方をすると、「仕事術で毛づくろいしている」というわけですね。ペースを決めて集中することに「ポモドーロ」と名前をつけるのは勝手ですが、「iPhone にちゃんとしたポモドーロアプリがない」と嘆くのは本末が逆というわけです。

これを防ぐには、一つの真実と二つの手段を意識することが大事だと私は思っています。

一つの真実と二つの手段

もしここで何の説明もなしに “Just do it” と書くと、単に「黙って文句いわずに仕事をしよう」と解釈されてしまうかもしれませんが、実際は Merlin がずいぶん前に “Cranking” という記事で書いたもっと深い意味で使いたいのです。それは:

Because, that? That choosing? That’s what my book needs to be about. Not about pleasing people. Not about cranking on bullshit. Not about abandoning your priorities to write about priorities. My book needs to be about choosing a hard thing and then living with it. Because it’s your thing.

なぜならその選択についてこそ、僕は書かなくてはいけないからだ。人を喜ばせるためじゃないし、つまらないものを書き続けるためでもないし、本当に優先すべきことを放棄して優先順位について書くためじゃない。

僕の本は難しい選択をして、それをつらぬくことについてでなくてはいけない。なぜならその選択が自分自身だからだ

Merlin はここで、危機にある本の契約を存続させるために娘との時間を放り出すわけにはいかないという文脈で書いています。つまり、仕事をすることもしないことも、どんな風にするかも、すべては選択であって、その選択を引き受けるということが最初の動機でなくてはいけないというわけです。

あまり仕事術の本ばかり読んでいると、朝早起きして、月に何冊もビジネス書を読んで、プレゼンが上手くて、会話術に長けていて、モレスキンを使いこなしていて、iPhone と Evernoteのパワーユーザーになることが前提条件のように思えてきますが、奇妙なほどそれは「なにをすべきか / するのか」という問題の周囲をぐるぐるとめぐってしまいます。第一の真実、それは「なにをすることを選択するのか?」という点なのだと思います。

その答えは、「仕事をしない」ということであってもいいのです。それをつらぬけるかはまったくの別問題ですが。

その前提条件がクリアされているなら、私は根源的には二つのライフハックしか残っていないのだと思っています。それは:

  • ライフ・ダイエット: 放っておけば増えてしまう無駄なものをひたすらそぎ落としてゆく過程

  • 人生を変える小さな習慣: 一見人生とかかわりがなさそうでも、長い目で見て効果をもつものを繰り返すこと

人生から無駄を省くことは、「本当はなにがほしいのか?」をさがす旅に他なりません。ライフ・ダイエットは、手放すことではなくて、大いなる獲得なのです。

一方、いわゆる「ライフハック」と私が考えているのは「人生を変える小さな習慣」です。それ自体はつまらない習慣に過ぎなくても、繰り返すことで大きな意味をもつ、たとえば Evernote やモレスキンへの大事な記憶の保存などといったものです。

このブログでは、ちょっとした仕事の tips や、習慣術、GTD、ウェブサービス、タスク管理アプリなどを紹介することはやめません。もともと自分がそうしたものをいじくるのが大好きだからです(笑)。

しかしそれを使いこなすこと、身につけることと、実際に仕事がはかどり生産性が上がるかどうかは位相が違う問題だということをもう一度繰り返したいと思います。

この一つの真実と二つの手段を念頭に、タスク管理、時間管理、ツールの使いこなしなどをもういちど見直してみてはいかがでしょう。自分を幸せにしない仕事術と、繰り返すべき習慣との境目が見えてくるはずです。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。