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	<title>Comments on: 最も不幸なこととは：アーネスト・ベッカーと「死」の学問</title>
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	<description>Lifehack, GTD, and methods to get you going</description>
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		<title>By: mehori</title>
		<link>http://lifehacking.jp/2010/07/the-best-life/comment-page-1/#comment-19526</link>
		<dc:creator>mehori</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 31 Jul 2010 15:45:44 +0000</pubDate>
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		<description>息子さんのこと、本当にお気の毒です。本当になんでこんなことがあるのだろうかと、わからなくなることがありますよね...。&lt;br&gt;&lt;br&gt;僕の記述が混乱していてわかりにくかったのですが、Thanantology は「人生の意味」を考える哲学でも、「魂の救済」などを考える宗教の学問でもなく、どちらかというと人生を少なからず生きていた人とその家族が「死を受け入れる」過程を対象としたものです。ターミナルケアの精神面、文化的側面を担っているといえるのかもしれません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;なのでご指摘のとおり、これまで being の部分を問いかけるものではなく、受け入れるためにどのような処置をすればいいのかというきわめて臨床的な側面をもっています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;息子さまの場合、その前提となる人生がまだ始まったばかりで逝かれたのですから、この学問の言葉はまったく無力です。無為か無為でないかなんて、生きて人生を謳歌しているものの傲慢なのかもしれませんね。&lt;br&gt;&lt;br&gt;今度はそれを受け入れる私たちの側に話を転じると、Thanantology は近しい人の死を嘆き、どのようにして受け入れてゆくかという部分について学問対象にしているのですが、ここでも大きな無力をかかえています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;たとえば、息子さんの短い人生が「無駄ではなかった」という強い信念が生まれるまでには（私もそう強く信じていますが）、「なぜ？」と問いかけ、答えがない中でも「いや、それでも自分は無駄とは思わない」と信じるにいたるまでのプロセスがあったのではないでしょうか？&lt;br&gt;&lt;br&gt;こうした確信がどこから与えられるか、この学問は対象にしていません。それは Thanantology が不完全であるという意味ではなくて、むしろ神聖なことには手を触れない、慎ましさからきているのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;こうして記事にはしてみたものの、私はたぶん最後の一行が書きたかっただけなのかもしれません。書けば書くほど、言葉にならないものを抱えながらただ祈ることしかできないということが分かってきます。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>息子さんのこと、本当にお気の毒です。本当になんでこんなことがあるのだろうかと、わからなくなることがありますよね&#8230;。</p>
<p>僕の記述が混乱していてわかりにくかったのですが、Thanantology は「人生の意味」を考える哲学でも、「魂の救済」などを考える宗教の学問でもなく、どちらかというと人生を少なからず生きていた人とその家族が「死を受け入れる」過程を対象としたものです。ターミナルケアの精神面、文化的側面を担っているといえるのかもしれません。</p>
<p>なのでご指摘のとおり、これまで being の部分を問いかけるものではなく、受け入れるためにどのような処置をすればいいのかというきわめて臨床的な側面をもっています。</p>
<p>息子さまの場合、その前提となる人生がまだ始まったばかりで逝かれたのですから、この学問の言葉はまったく無力です。無為か無為でないかなんて、生きて人生を謳歌しているものの傲慢なのかもしれませんね。</p>
<p>今度はそれを受け入れる私たちの側に話を転じると、Thanantology は近しい人の死を嘆き、どのようにして受け入れてゆくかという部分について学問対象にしているのですが、ここでも大きな無力をかかえています。</p>
<p>たとえば、息子さんの短い人生が「無駄ではなかった」という強い信念が生まれるまでには（私もそう強く信じていますが）、「なぜ？」と問いかけ、答えがない中でも「いや、それでも自分は無駄とは思わない」と信じるにいたるまでのプロセスがあったのではないでしょうか？</p>
<p>こうした確信がどこから与えられるか、この学問は対象にしていません。それは Thanantology が不完全であるという意味ではなくて、むしろ神聖なことには手を触れない、慎ましさからきているのです。</p>
<p>こうして記事にはしてみたものの、私はたぶん最後の一行が書きたかっただけなのかもしれません。書けば書くほど、言葉にならないものを抱えながらただ祈ることしかできないということが分かってきます。</p>
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		<title>By: 塚越悦子</title>
		<link>http://lifehacking.jp/2010/07/the-best-life/comment-page-1/#comment-19525</link>
		<dc:creator>塚越悦子</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 31 Jul 2010 13:55:56 +0000</pubDate>
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		<description>大切な方を亡くされて心の中に埋めきれない穴があいているお気持ち、お察しします。心からのお悔やみを申し上げます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;死は私にとっても身近なテーマなので、興味深く拝読しました。&lt;br&gt;私がアーネスト・ベッカーの引用された一説を読んで思ったことは、解説の部分にあるInsignificant Lifeなんて本当にあるのだろうか？ということです。私は去年の１２月に息子を亡くしました。正確には、妊娠１６週のことでしたので流産という分類をされるようですが、早産の状態になり出てきたときには息をしていませんでした。彼はこの世では実際になにもなしとげることはありませんでしたが、彼の人生がInsignificantだったなんて、誰に言えるでしょうか。１６週と言う短い時間でしたが、彼の生と死は私と夫に多くのことを教えてくれました。無為な時間を過ごすことによって人生の時間を無駄にするというコンセプトは頭ではもちろん理解できますが、その「無為な時間」を過す中で本人の中でどんなプロセスがおこっているのかなんて、他人には本当にはわからないことでは？と思いました。&lt;br&gt;アーネスト・ベッカーの本を読んでみないとこれ以上のことはわかりませんが、何となく&lt;br&gt;&quot;Being&quot; よりも&quot;Doing&quot;に重きをおかれているような印象を受けましたが、如何でしょうか。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>大切な方を亡くされて心の中に埋めきれない穴があいているお気持ち、お察しします。心からのお悔やみを申し上げます。</p>
<p>死は私にとっても身近なテーマなので、興味深く拝読しました。<br />私がアーネスト・ベッカーの引用された一説を読んで思ったことは、解説の部分にあるInsignificant Lifeなんて本当にあるのだろうか？ということです。私は去年の１２月に息子を亡くしました。正確には、妊娠１６週のことでしたので流産という分類をされるようですが、早産の状態になり出てきたときには息をしていませんでした。彼はこの世では実際になにもなしとげることはありませんでしたが、彼の人生がInsignificantだったなんて、誰に言えるでしょうか。１６週と言う短い時間でしたが、彼の生と死は私と夫に多くのことを教えてくれました。無為な時間を過ごすことによって人生の時間を無駄にするというコンセプトは頭ではもちろん理解できますが、その「無為な時間」を過す中で本人の中でどんなプロセスがおこっているのかなんて、他人には本当にはわからないことでは？と思いました。<br />アーネスト・ベッカーの本を読んでみないとこれ以上のことはわかりませんが、何となく<br />&#8220;Being&#8221; よりも&#8221;Doing&#8221;に重きをおかれているような印象を受けましたが、如何でしょうか。</p>
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		<title>By: mehori</title>
		<link>http://lifehacking.jp/2010/07/the-best-life/comment-page-1/#comment-19523</link>
		<dc:creator>mehori</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 Jul 2010 14:54:21 +0000</pubDate>
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		<description>もちろんです（もっとも、私は輪廻を信じませんが）。&lt;br&gt;&lt;br&gt;ただ、魂のことは最後につけくわえた、「言葉にならない部分」への答えなのだと思ってます。だからこのブログでは、「語りえぬことには沈黙を守る」ことにしています。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>もちろんです（もっとも、私は輪廻を信じませんが）。</p>
<p>ただ、魂のことは最後につけくわえた、「言葉にならない部分」への答えなのだと思ってます。だからこのブログでは、「語りえぬことには沈黙を守る」ことにしています。</p>
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		<title>By: morita takashi</title>
		<link>http://lifehacking.jp/2010/07/the-best-life/comment-page-1/#comment-19522</link>
		<dc:creator>morita takashi</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 Jul 2010 12:32:47 +0000</pubDate>
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		<description>生き方において、自分にとっても周りの人にとっても思い出になるような精神的遺産を残すことは大事なことですが、それだけでは埋められないものがあると思います。それは人間死んだらどうなるのかについての決定的な答えです。死んだら無になるという唯物論無神論こそ魂を恐怖と絶望に落とし込む心のガン細胞ではないでしょうか。古今東西の偉人や聖なる宗教家が説いてきた魂の不滅と転生輪廻の真理をきちんと受け入れたときに、大きな安らぎが与えられるものと思います。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>生き方において、自分にとっても周りの人にとっても思い出になるような精神的遺産を残すことは大事なことですが、それだけでは埋められないものがあると思います。それは人間死んだらどうなるのかについての決定的な答えです。死んだら無になるという唯物論無神論こそ魂を恐怖と絶望に落とし込む心のガン細胞ではないでしょうか。古今東西の偉人や聖なる宗教家が説いてきた魂の不滅と転生輪廻の真理をきちんと受け入れたときに、大きな安らぎが与えられるものと思います。</p>
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