最も不幸なこととは:アーネスト・ベッカーと「死」の学問

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ここ数日、私は子供の頃から当たり前のようにいた、尊敬していた親戚が急に他界したことで、呆然となっていました。仕事をするにしてもどこかで気持ちが離れてゆきますし、一人になると、昔のことばかりが思い出されます。

直接的な悲しみだけでなく、その人がいないという「不在」の感覚がどうにも承服できない、いてもたってもいられない感覚がずっとつづいていました。

そんななか、How Stuffs Works の記事の中で「死」というテーマそのものにあてられた「Thanantology」という学問と、アーネスト・ベッカーという心理学者の話題を読むことで、すこしだけ、この「不在」の感覚に意味を与えられる気がしているところです。

生きていれば誰でもいつかたどり着く最終地点の話題ですので、ここで紹介してもよいかなとおもってまとめておきます。

アーネスト・ベッカーと「死」の学問

Thanantology は人間の死にまつわる学問で、社会的レベルから個人的なレベルまでそれがどのように本人、そして家族に受容されているかを研究する学問です。たとえば家族がどのように悲しみと向きあえばよいのかといった「グリーフ・ワーク」にまつわる話題などが学問対象になります。

あるいはたとえば最近は多くの人が病院でなくなり、家でなくなることがなくなったことで死生観が変化しているという話を聞いたことがあるかと思いますが、これがもたらす死へのアプローチの変化も Thanantology の学問領域になります。

この学問の一つのテーマに文化の視点でとりくんだのがアーネスト・ベッカーという心理学者でした。

彼は著書「死の拒絶」において、文化や娯楽が人間の本質であるというよりは、やがてくる死から目をそむけるための気晴らし、気を紛らわせるためのものであるという文化論を展開してピューリッツァー賞を受賞しています。

我々はいずれやってくる「死」というピークにむかってゆっくりと登っているローラーコースターに乗っていて、文化はその両側に据え付けられたテレビのようなものだと彼は比喩で語ります。しかしその気晴らしも完全ではないため、戦争や暴力といった形で潜在的な焦燥感が開放されると、彼の説は続いていきます。

その部分の記述は学問的には面白かったのですが、むしろ目を引いたのはそれに続く記事の解説でした。

Becker’s field of study – referred to as the psychology of death– does suggest a worst way to die. Since culture has the potential to distract us from confronting death, it can lead us to waste our lives. The worst type of death, according to Becker’s theory, would be one that followed an insignificant life.

ベッカーの学問によれば、もっとも不幸な死に方とは文化や娯楽などによって無駄に機を紛らわされるだけで終わった人生だということが言える。最も不幸な死とは、「無味乾燥な人生」にひき続くものなのだ。

この段落は、今の私にとって一種のなぐさめとして読むことができました。というのも、他界した親戚は若くていらっしゃったのですが、非常に立派でたくさんの思い出を残してくださった人なので、そのことが雄弁に彼の人生について物語っているからです。

そしてこの段落はまだこれから生きてゆく自分に課題を与えてくれます。よく生きるとは? 娯楽はどこまでが善で、どこからがただ人生を無駄にしていることになるのか? 自分はどのように最後を迎えたいか?

WineLibrary.tv のゲイリー・ヴェイナーチャックが著書「Crush it! (邦訳「ゲイリーの稼ぎ方)」 のなかで語っている言葉に「Legacy always beats Currency」というものがあります。

「どんな遺産を残すか」は常に「お金」に勝る。だからお金の稼ぎ方も遺産(物質的な遺産というよりは、思い出や生き方を通して残す遺産)を意識して行おうというわけです。

ずっと意識していましたが、このブログのテーマには「手元から人生を変える」というものがあるのですが、この「人生」を仕事人生や直近の楽しみに限らず、もっと射程を伸ばすべきときがきているのかもですね。

p.s.

と、きれいにまとめてみても、いなくなった人にもう一度会いたい、もう一度声を聞きたいと思う気持ちとは別なんですよね…。言葉になりません。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。