コミュニティー・ブックとしての電子書籍

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Kindle、Sony eReader、iPad など、電子書籍のプラットフォームについての話題を聞かない日がないくらいになってきました。iPad などで本が読みやすいのか、紙と同じような知的生産が可能なのかといった疑問はさておきとして、そもそも**「本が電子化される」というのはどういうことなのか**、という問題にもまだ答えは出尽くしていないという印象があります。

本日は国立大学図書館研修のお招きで時間管理術&ライフハックについてお話をする機会があったのですが、ここでも何度も耳にした話題は「電子書籍と Google の時代における図書館の役割」という問題でした。

一人の本好きとして、私は紙の本が消えてなくなることは決してないと思っても、願ってもいますし、きっと棲み分けが行われるのだろうと感じています。どのような棲み分けが? と聞かれるとなかなかはっきりとはわからないのですが、ひとつのキーワードは**「コミュニティーが育てる本」**なのではないかと思っています。

コミュニティー・ブックの可能性

電子書籍を iTMS ストアからダウンロードする音楽のように考える向きもありますが、私はむしろ iPhone アプリのようなものに近くなるのではないかとおもっています。つまり:

  1. バージョン番号がつく:リリース後もコンテンツが追加され、アップデートされてゆく本。第二版、第三版というのよりももっと細かく、ミスプリのバグフィックスから、機能追加にいたるまでが、読者からのフィードバックによって提供されてゆく

  2. 本をライセンスする: ソフトウェアと同様に、読者は本のメジャーバージョンに対してアップデートを無料で享受する権利を獲得する。

  3. 常に進化する本: 本の方向性について、コミュニティーからフィードバックが入るたびに書き加えが生じたり、不要な章の削除が行われたりする。読者は本というコンテンツの方向性を決める参加者。

こうした、コミュニティーの成果物としての本という性格のものが増えてゆくといいなと思います。Gina Trapani さんの Google Wave ハンドブックなどは良い例ですね。

これまでにもあったコミュニティー・ブックの先駆的な例をあげるなら、著者が変わりつつ語り継がれるペリー・ローダンシリーズや、クトゥルー神話の小説の数々などがあげられるのではないかと思います。

逆にこうした更新が不要になった本については紙の媒体に印刷されて、粘土板や羊皮紙や紙の書籍がたどったのと同じく、ゆるやかな忘却か化石化の道を辿るのではないでしょうか。

実は「iPhone 情報整理術」についても、遅ればせながら電子化にむけて作業ができないかという模索が始まっているところですし、個人的にも電子書籍の製作を見よう見まねで進めながら、このあたらしい媒体の可能性と役割について考えているところです。

今日は東北大学の書庫に立ち入る機会があって、充満する紙の薫り、圧倒的な存在感を感じながら、これを失いたくはないなあと思う一方で、本も進化する時期に来ていることを強く意識していました。

あとでスタッフの人から、この書庫の奥には夏目漱石の遺品が展示されているときいて、見る時間を作れればよかったと深く悔やみました。

「いま」「ここで」なくては見られないものと、ユビキタスに開放される情報の境界線、それが電子書籍というフロンティアなのだなと意識した瞬間でした。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。