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あなたも「天才」になれる? 10000 時間積み上げの法則

Monday, 17 November 2008 · 16 Comments · Lifestyle


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A gift or hard graft? | Guardian.co.uk

人より恵まれた天才的な才能を発揮する人にとっては、努力なんて必要のないことなのでしょうか? あるいは、努力によって何事もカバーできるものなのでしょうか?

その疑問への答えは「10000 時間」かもしれません。

「ティッピング・ポイント」や、その廉価版「急に売れ始めるにはワケがある」第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しいといった本で著名な、マルコム・グラッドウェルの新しい本、Outliers: The Story of Success からの抜粋記事が Guardian 紙に掲載されていまして、この興味深い問題について触れています。

彼によると、伝説的なプログラマーのビル・ジョイのような人や、ビル・ゲイツや、ビートルズのようなバンドの成功も、「10000時間の努力」と、いくつかのタイミングが支配しているのだそうです。

魔法の 10000 時間

彼はこの 10000 時間という数字をいくつかの例を出して説明しています。

たとえば音楽学校でバイオリンを学んでいる生徒を、ソリストになりそうなグループと、プロオケでやっていけそうなグループ、そしてプロオケは無理でも音楽の先生になりそうな3グループにわけて練習量を比較するという調査を行うと興味深い事実がわかるのだそうです。

全てのグループでバイオリンを始めた平均的な年齢は変わらず、「スタートが早かった」効果はグループでみると無視できました。それに対して練習量は、他のグループは同じ年齢で 8000 時間、あるいは 4000 時間にしか達していなかったのに対して、ソリストになりそうなグループは計10000時間ほど、一週間の練習量も他のグループよりも飛躍的に高かったのです。

面白いのは、彼の調査によると「練習をせずに天才的才能を発揮する」人も、「いくら練習をしても上達しない人」の両者も見られなかったのだというところです。

こうした「10000 時間の法則」はビートルズが売れるようになるまでの弱小バンド時代、モーツァルトが(他の作曲家の模倣ではない)独自性の高いコンチェルトを作曲するまでの推定時間、ビル・ジョイが BSD Unix を書くまでにプログラミングに携わった時間などに繰り返し現れるのだそうです。

有名な成功者は、こうした 10000 時間の積み上げに、「偶然のタイミング」が重なることで現れているのだと著者は指摘しています。たとえば、ビル・ゲイツは数年早く生まれたとしても、遅れて生まれたとしても、PC 革命の最中に一旗上げる青年実業家にはならなかったでしょう。「時代の呼び声」があった時に、ちょうど 10000 時間の積み上げを完了していて、その呼び声に答えられた人、それが「時代の寵児」なのだというわけです。

自分を「天才」化できるか?

後者の「時代のタイミング」は自分ではなかなか選べませんが、前者の「10000 時間の積み上げ」だったら意識的に人生設計をすることでできなくもありません。…とはいえ、10000 時間というのは途方もない時間です。10000 時間の積み上げを2年、5年、10年で行おうと思うと、毎日次の時間が必要です。

  • 2年:10000 / (2 x 365) = 13.7 時間
  • 5年:10000 / (5 x 365) = 5.4 時間
  • 10年:10000 / (10 x 365) = 2.7 時間

これで見ると、2年というのが如何に非現実的かわかるかと思います。やはり、「天才」は数年にして成らずなのです。

10 年で見るなら、一日に 3 時間未満ですのでそれほど無茶な数字でもないですが、仕事をしていて、さらに趣味で大成しようと思ってもなかなかこの「3時間」は確保できないでしょう。学生時代の積み上げがいかに大切かということを表しているといっていいと思います。

また、毎日1時間の訓練を27年続けるよりも、毎日3時間の訓練を10年続けた方が成長スピードが速いのは当然でしょう。この効果は楽器の練習などには顕著にでてくることでしょう。

自分も考えてみるに、「どんなデータでも解析できる」「研究に必要な基礎技術は全部身に付いた」と自信が持てるまでには、修士から数えて約8年かかりました。この集中した時間の投入があったからこそ、なんとか一人前になれたわけで、これ以外には方法はなかったように思います。

しかし「なんだ、それではやはりダメじゃないか」「自分には時間がないから無理だよ」と決めつけるのは早いと思います。10000 時間の積み上げは、なにも 10000 時間経たないと変化がないと言っている訳ではなく、常に上昇しながらの 10000 時間だからです。

もし、あなたが一生を費やしても実現したい、大成させたいと願っているスキルがあるのなら、次の 10-12 年、毎日何らかの形でそのスキルを磨く「仕組み」を取り入れるのは有効かもしれません。

たとえば、私は将来も文章を書く仕事をいろいろしてみたいという希望をもっていますので、どんな形でもいいので文章を書く習慣の一環としてこのブログを書いています。「今」を充実させつつ「将来」の才能を開拓できないかと自分を実験台にしているところなのです。

また楽器やスポーツを練習している人なども、「練習」よりもライブや実戦と言った「戦場」に身を置くことで急速に自分を成長させることができるという手が使えます。アウトプットする習慣を「仕組み」として導入することで、強制的に才能の開拓に必要な時間を稼いでゆくわけです。

10000 時間が無理なら、まずは最初の 1000 時間、100時間だけでも積み上げられるようにすると、大きな変化が待ちうけていて、びっくりすることになります。

たとえばこのブログにはいま 500 ほどの記事がありますが、一つあたり1〜2時間をかけていますので、いまの積み上げは 700 時間程度ということになります。700 時間くらいでここまでの変化があるのなら、これからやってくる幾千時間で何ができるのか、楽しみで仕方がありません。

でも始まりは、毎日の1時間をとりわけておけるかから始まるのです。

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  • ななし

    これはかなり共感します。自分の知り合いで留学せずに英語流暢になった人たちには共通して
    「英語ばっかの一年間」
    というのがありました。六年間も勉強してるのに英語全然できない、という言い方がありますが、
    10000時間と比べたら、義務教育の学習時間なんかたかが知れていますね。

    余談ですが、麻原彰晃が説法で
    「私は何万時間も修行をしたので今生で最終解脱したが、
    野球を止めず、練習にそれだけ費やしていたら、来世あやうく
    プロ野球選手になってしまうところだった。」と言ってたらしいです。
    出典はわすれましたが・・・。印象に残っています。

    こういう話を聞くと、この話を思い出します。

  • noday

    私も非常に共感します。
    ただ、麻原彰晃の例はどうかと思います。
    イチローや王貞治のような好例があるのでそちらを見たほうがいいでしょう。
    例えばイチローなら
    「小学二年生から六年生まで野球練習を父と3時間。七年間続けた夕食後のバッティングセンター通い」
    http://www.amazon.co.jp/dp/4093871868
    というようなものが、検索すればいくらでも見つかります。

  • http://lifehacking.jp mehori

    イチローの例もいいですね。単純計算ですが、7年 X 3時間 = 7665 時間。その後も、中学・高校と部活で一日2〜3時間の練習は当たり前だったでしょうから。14000 時間を越えます。

    話が面倒になるので割愛したのですが、これだけの持続をサポートできる周囲の環境も、こうした「天才」を生む土壌として元記事では紹介されています。

    こういう話を聞くと「ああ、子供の頃もっとがんばってれば…」と思いたくなる誘惑に駆られますけど、多分年齢は関係なくて、「毎日打ち込めることがあるか」という単純な話に行き着くのかもしれません。

    勇気がわくとともに、渇を入れられた気分になった記事でした。

  • truf

    Reader’s Digest でのマルコム・グラッドウェルへのインタビューのまとめとして成功への5つのステップが書かれています。
    http://tinyurl.com/5l6x6d

    Gladwell’s Five Steps to Success
    1. Find meaning and inspiration in your work.
    2. Work hard.
    3. Discover the relationship between effort and reward.
    4. Seek out complex work to avoid boredom and repetition.
    5. Be autonomous and control your own destiny as much as possible.

    1.仕事に意義と目的を発見せよ
    2.一生懸命
    3.努力と報酬との関係を発見せよ
    4.単純で退屈な仕事ではなく複雑な仕事を探し出せ
    5.出来る限り自発的に行動し人生を切り開け

    といったところでしょうか。まだ本は出版されてませんが、アジアの農耕文化と努力(一所懸命)と絡めて説明しているそうなのでおもしろそうとも言えますし、職人文化がある日本から見ればアメリカ人よりは理解がすでにあるとも言えそうです。このステップもなんだか職人魂という感じがします。

  • http://lifehacking.jp mehori

    なんだか Disqus の調子がおかしくて、コメントの表示が変になっていますね…。すみません。

  • none

    1万時間というのは、多分「99%の努力」の部分だと思います。
    天才と言われるのは、それに1%の才能が加わった人です。

  • http://d.hatena.ne.jp/nananaga/ nananaga

    僕も、文章を書く仕事をして生活したい者です。
    文章を書く、ということにおいて、10000時間という時間のカウントでは、「いま書きたいと思っていることを考える時間」もカウントしてしまっていいものなのでしょうか?
    バイオリン奏者やプロ野球選手、プログラマーなども、直接的に演奏や素振り、プログラミングという直接的な練習時間以外にそのことについて考えている時間もありますよね。
    私の場合は小説で生活しようと四苦八苦しておりますが、実際に小説を書いている時間よりも、そのことについて考えたりメモを取ったりしている時間の方が多く、小説は遅々として進まない、という残念な結果になっております(汗)
    ある目標のために、一貫して思考し続け、一貫して行動する。
    ということが10000時間の法則に結びつくなら、僕はもう暇さえあれば小説のことを考えて生活します。
    そうすれば寝たり仕事をしたり、誰かと話している以外のスキマ時間もすべて10000時間に…
    というかこれ、努力は報われる、ということじゃないですか?
    半端ではない努力。
    果てしない継続。
    諦めない忍耐力。
    一貫した思考。
    好きなことへの没頭。
    これらが10000時間の法則に含まれているような気がするのですが、どうでしょうか?

  • http://lifehacking.jp mehori

    > 「いま書きたいと思っていることを考える時間」もカウントしてしまっていいものなのでしょうか?

    カウントしていいと思うのですが、実際に名作家と呼ばれる人の修業時代を調査してみると「考える」部分と「書く」部分の時間配分のバランスが見えてくるのではないかと思います。

    というのは「プロットを考える」というのも一つのスキルですが、文体を作ったり、あらゆる場面に対して最適で個性的な描写方法を学んだり、プロットを小説的な「仕掛け」に変換したりといった部分は、言葉の操作という別のスキルだからです。

    作曲だったら、曲を作る行為は演奏する行為と重なっていますが、小説の場合「考える」ことは重要なのですが、必ずしも「書く」ことの練習になっていないので、両者であわせて 20000 時間とはいかないまでも、10000 時間ではすまない気がします。

    でもそれは 「20000 時間修行しなければ作家になれない」という意味ではもちろんなくて、むしろ「3000 時間の実践しかしていないのに、自分に才能がないというのは早すぎる」という利用の仕方をする数字ですね。

    自分もそろそろ「本当に書きたいもの」を書き始めないと人生が終わる!

  • deskwork

    ヴァンヘイレンのギタリスト、エディヴァンヘイレンも一日10時間以上練習してたっていいますよね。
    あきらめず努力できる人のも才能のひとつかな?

  • http://d.hatena.ne.jp/nananaga/ nananaga

    >というのは「プロットを考える」というのも一つのスキルですが、文体を作ったり、あらゆる場面に対して最適で個性的な描写方法を学んだり、プロットを小説的な「仕掛け」に変換したりといった部分は、言葉の操作という別のスキルだからです。

    なるほど!新たな視点の目が開かれました!ありがとうございます!

    そうゆう部分は、いろいろな小説を読んで学習することも必要かもしれませんが、実践が何よりの練習になりそうですね。

    >「3000 時間の実践しかしていないのに、自分に才能がないというのは早すぎる」という利用の仕方をする数字ですね。

    希望と厳しさが両方含まれている言葉ですね^^;
    3000時間の実践で、自分を諦めるのは早すぎる。という励ましにもなれば
    10000時間も研鑽を積んでいないのに、才能のあるなしを語るな!という叱咤にもなる。
    何にせよ僕も時間が惜しくなってきました…

  • lulu

    これは自身のこれまでを見つめなおすための法則ではないですね。

    例えばこの文章を見て、
    「俺はこれまで自分の好きな分野を、…えーと○年間だから、○日と考えて…かける幾つの…」
    と計算し、あと何時間残っているか…などと考えてしまうような人間には役立たない。

    あくまで結果論としての、悪く言えばこじつけとしての10000時間だろうから、
    やっぱり、高みに上がろうとする意思こそが、一番の主人公だと思います。

    だから、上記のコメントにある
    「○○もカウントしてしまっていいものなのでしょうか」
    というのは少々違う。

    それがカウントされようとされなかろうと、本来関係の無いものなんじゃないでしょう。

  • hu

    努力と運のバランスを上手く説明していますね。
    努力無くしては何も実らないし、タイミングも重要であると。
    結局、努力した人の前にしか幸運の女神は現れないのですね。

  • mame

    人間、本当に好きなことに関しては無意識にそのくらいの時間を積み上げていると思います。
    それを職業と「しよう」と思ったり思わなかったり、職業に「出来る」と思ったり思わなかったりっていう事も(その理由が自分の意志であれ、回りのサポートであれ、生まれた環境であれ)世の中にその人の才能が出るか出ないかに関係するかもしれませんね。
    世に出なかった天才は「いなかった」と同じですしね。「運」とは時代だけじゃなく、いろんな環境が左右するものだと思います。
    でも「積み上げていること」が最低条件だっていうことには同意です。

  • http://lifehacking.jp mehori

    lulu さん:

    > それがカウントされようとされなかろうと、本来関係の無いものなんじゃないでしょう。

    もちろん努力と意思の力なしに成功はできないというのは当然なのですが、でもそれ「だけ」だと日本人が得意な精神論というのか、「ほしがりません、勝つまでは」の状態になってしまって、どうもつらいだけだと思うのです。

    むしろ、「まずは 100 時間積み上げてみよう」という目安を作って取り組んでみたり、「自分は 1000 時間ほど積み上げてきたから、もう 1000 時間取り組んでみたらブレイクスルーがあるかも」と、成長に数値目標を作ったり、自分の来し方を振り返りつつ未来へと成長のプログラムを組んでみてはどうか、というのがこの記事の趣旨だったのです。

    「努力」「意思」「根性」という測れない尺度の代わりに「時間」を代替の尺度に使って自分の成長を制御してみては? というわけです。

    「君は努力が足りないからブレイクスルーできないんだ」というのと、
    「君はまだ1000時間ほど積み上げが足りないからブレイクスルーできないんだ」というのでは、後者の方が対応しやすいですよね?

  • http://twitter.com/kaikoyuki kaikoyuki

    ふむ、10000時間とな…

  • Takeshi Muro

    これは現実だろう、実に良い話だ。