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iPhone はとんでもないものを盗んでいきました



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iPhone はとんでもないものを盗んでいきました。いいえ、それは私の「心」ではありません。

もちろん、最初の二、三日くらいは心を奪われていたかもしれません。しかし、ちょっと落ち着いて考えてみれば(24時間連続で iPhone の発売の様子をネットライブし続けた)Leo Laporte の言葉を借りるなら、”It’s a fricken phone!” 「たかが携帯じゃないか! おちつけ!」というわけです。

この新しい端末を手にして1週間が経ち、ひとしきり新機能を使い倒したあとで感じたのは iPhone を通して感じたネットと自分との新しい距離感と、そしてオフライン時間の喪失の二つでした。

iPhone に限った話ではありませんが、高機能化するモバイルデバイスを手に入れることで私たちが得るもの・なくすものについてまとめてみました。

手に入れたもの・なくしたもの

便利には間違いありません。

iPhone を手にして電波の届く場所にいる限りは、いつでもブログのコメントをモニターし、Twitter のタイムラインをチェックし、気になる人々の FriendFeed を追いかけて、場合によっては Mobile Me 経由で情報の方からかってにこちらにやってきます。

週末に山へと向かっている途上でも、現地の歴史や特産品についてちょっとした調べものを思いついた瞬間に、躊躇無く iPhone で Wikipedia を開くことがクセになりました。ノートパソコンを持ち歩いていたとき以上に、ポケットの中に Mac の Safari と同等の力をもっているブラウザがいつでもあるという信頼が生まれ始めているわけです。

しかしその反面、iPhone があるせいで「完全にオフライン」な状態がほとんどなくなったとも言えます。

毎年恒例の山旅へは金曜日に休暇をとって行ったのですが、その途上でも次から次へとメールは iPhone に向けてプッシュされ続けていました。そしてなまじ機能が高いために、Word であれ、Excel であれ、仕事に関係する添付ファイルはすべて完璧に読めてしまい、判断を迫られることになります。

便利である一方で、送信されてくるメールに対して責任を感じる度合いに応じ、私が iPhone の提供する情報に対して「No」とは言いづらい状況が自然とできあがります。先日の David Allen さんとのインタビューで私が恐れていた「仕事とオフとのコンテキストの喪失」がさっそく始まった感があります。

いうなれば、iPhone は私の「何にもつながっていない自分一人の時間」を盗んでいったのです。

オフライン時間の贅沢さ

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この週末、私はネットはおろか、電話さえもままならない山の中にいました。

雲の中へと吸い込まれるロープウェーに乗っている間も、電波が切れる最後の瞬間まで Mobile Me のサービスは律儀にメールをプッシュしていましたが、その最後の通信が途絶えて圏外になったときに、どこか大きな安心感を感じました。

雲海の上を二日にわたって歩き回り、九時には自家発電が止まって消灯されるロッジの裏山で闇夜の温泉としゃれ込んでいる間、私は最新のニュースがどうなっているのか、自分の受信箱にどんなメールが入っているのか、あるいはオートパイロットにしたままの自分のブログがどうなっているかも、ほとんど考えませんでした。

かつては(あるいは今でも場所次第では)ユビキタスにネットにつながれることは贅沢でした。しかしネットが世界を覆うにつれて、こんどはオフラインでいることが希少化し、贅沢とさえいえる状態になってしまったのです。

一度だけ、闇夜の中で湯につかりながら「いま、この瞬間も世界中には限りないメールが行き交い、高速光ファイバーネットワークは有用・無用の膨大な情報を流し続けているんだろうな」という想像をしました。でもすぐに、「そんなことはどうだっていいことだ」と、森の梢が立てる不思議な音に心を奪われたのでした。

ネットがある世界では、どうしてもペースは自分と他人との間のシンコペーションになりがちですが、この山の中ではそれを刻んでいるのは自分の鼓動だけです。この贅沢は何にも代え難いものがあります。

終わりなき「情報ダイエット」

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しかし実際には、いつまでも山にいるわけにもいきません。

いつかは山を下りて、自分に向けて飛んでくる情報の洪水と向きあう時がやってきます。むしろそちらの方が普段の自分で、山にいる自分は例外的な休暇に過ぎないのです。

でもこの「完全オフライン」の休暇が、いつも大事なことをもう一度思い出させてくれました。それは iPhone に限らず、どんな情報端末にしても、自分が許す限りにおいて使うべきであるという単純な、でも忘れやすいルールです。

自分が情報に蹂躙されることを許しているなら、それは際限なく家庭の中や、一人の時間にまで浸食してきます。しかしそれでは、iPhone は自分で自分を翻弄するための新しい(しかも高価な)雑音生成装置と化してしまいます。

「情報をいつでも入手できる力を持ちながら、あえてそれを自分の意志で制御できてこそ初めて最も大きな効果が生まれる」という逆説的な真理を、iPhone や、今後も次々と生まれてくる情報端末は明らかにしてくれているのです。

David Allen さんとの対談で「iPhone や携帯が悪いのではない。それは底流に流れている問題を明らかにしたに過ぎない」「君は携帯に使われるのをよしとするのか? それとも自分で行動を選びとるのか?」という話題が出てきたこととも関連します。

iPhone は確かに便利なガジェットです。でもその力を自分のために最も効果的に制御できるか? 機能を使いこなすよりも、そちらの方が大きな挑戦ではないかと思うのです。

p.s.

ところで、いまのところ Mobile Me メールでは自分にとって重要なメールだけをプッシュする設定はできません。アカウントを複数用意して、GMail などを前段階のフィルターに使えば可能ですが、あまりに煩雑です。

プッシュサービスを本格化するなら、ぜひ Apple にはこの機能を速やかに実装してもらいものですね…。


著者について

堀 E. 正岳

「人生を変える小さな習慣」をテーマとしたブログ、Lifehacking.jp 管理人として、仕事術、ライフハック、テクノロジー、文具、ソーシャルメディアなどについて執筆中。2011年アルファブロガー・アワード受賞。Evernote ライフスタイルアンバサダー。ScanSnapアンバサダー。この他のブログに、ライフ×メモ 、Climate+を運営しています。

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